上原正吉『商売は戦い』を読む 第3回 「寝ろと言っても寝ない」

昭和39年7月7日初版『商売は戦い』上原正吉 著
 

上原正吉は、総合薬品メーカーの大正製薬を作った人です。彼の著書の『商売は戦い』を読む、その3回目です。

 

寝ろと言っても寝ない

この本は、わりに正直に書いているので面白いのです。この本の70Pに「寝ろと言っても寝ない」という小見出しがあります。

長くなりますが、その文章を引用します。

「毎日の勤めは、飯を食うための仕方ない苦役で、休日だけが待ちかねた自分の時間、楽しい一日だとしたら、この人は人生の七分の六を牢獄で暮らすわけで、なんと悲惨な人生よ、と言わざるをえない」

「反対に、毎日の仕事がおもしろくて楽しくてしかたない、日曜でも、ぐずぐず寝てなどはおられない、といって仕事をはじめるようならば、その人の人生は、なんと豊かな、しあわせなものよ、ということになろう」

これは、リポビタンDのようなドリンク剤が流行った時代、すなわち昭和の高度成長期のモーレツサラリーマンや経営者の考えですね。

その具体的な状況を上原は次のように言っています。

「終業後、ひっそりと電灯をつけて、会議をしている組が、毎晩、必ず何ヵ所かにある。・・・戦いそのものが楽しみなのである。・・・寝ろ!というのだが、きかない」

 

ソニーの土井利忠の場合

例えば、かつてのソニーで、CDやアイボを開発した土井氏などは、開発時の技術者集団について「集団発狂か集団パラノイヤ」などと言いながら、「数か月の間、昼も夜もない生活を続けていた・・・無茶苦茶に働いていたのに誰も倒れなかった」などと、それを肯定的に語っています(「運命の法則」20P)。当時のソニーでは、会社の上層部に隠して、個人が勝手に開発や実験をしていたこともあったようです。

 

しかし注意その1 ブラック企業には注意

しかし、このような「やりがい・生きがい・個人の成長」を悪用するブラック企業があることも確かです。私は良く知らないのですが、営業力に特化した体育会系の会社の場合とかは、特に注意する必要があるように思います。

 

毎日の勤めは、飯を食うための仕方ない苦役で、休日だけが待ちかねた自分の時間、楽しい一日だとしたら、この人は人生の七分の六を牢獄で暮らすわけで、なんと悲惨な人生よ、と言わざるをえない

ただ、上原の上記の「牢獄のたとえ」には時代を超えた真理があるのも確かだと思います。今は兵役もなく刑務所にも行かなくていいのに、大半の時間を苦役で暮らすのは、もったいないことだし幸せでもない、と私も思います。

もちろん、この問題は年齢や性別や状況や人生観や健康や家族などによって千差万別です。一つの物差しで単純に計れません。仕事があるだけで感謝すべき場合もあると思います。

 

まず「仕事を好きになるように一生懸命やってみる」

しかし、上原が、「私は、このしあわせを、身近の社員諸君に分かち与えようと努力しているのである」という言葉は嘘はないと思います。上原のおせっかいかもしれませんが。

そして上原なら、まず「仕事を好きになるように一生懸命やってみる」ことを勧めるでしょう。それが、上原の実感でしょう。

 

しかし、注意点その2 仕事に対する違和感は大事に

しかし、すべての人間が、上原の時代の大正製薬という会社に合うとは限りません。つまり、上原の想定している外の世界や人もいます。だから、もし、心の中に今の仕事に対する違和感が存在するなら、仕事を早めに変える方がいいのかもしれません。その場合は、上原も賛成するでしょう。

なるほど、ある程度の能力があれば、違和感をごまかして、表面上はなんとなく楽しくやっていくことも可能でしょう。しかし、それは本人も周囲も幸せにしません。上原の言う「仕事がおもしろい、仕事が好き」は、生きがい・やりがいでもあり、天命や使命感に微かにでもつながるのが、王道だからです。それが、幸せの道につながると思います。

つまり上原の論理は、上原の元に自然に集まってきている「社員諸君」を想定してのものだからです。

上原が、「私は、このしあわせを、身近の社員諸君に分かち与えようと努力しているのである」というのは、上原が自分の周囲の人のしあわせを考えての言葉です。しかし、上原の想定外の人々もいるはずです。当時の大正製薬やサラリーマンニに合わない人々もいるはずです。つまり、周囲にいない人々や別の道に進むべき人もいるはずです。

しかし、とにかく、短い人生の多くの時間が、上原の言う「牢獄」であるなら、もったいないです。個人の内面の問題ですが、なにせ人生は短いのですから。基本は今の仕事を好きになることです。

もう一度上原の言葉を繰り返し引用します。

「毎日の勤めは、飯を食うための仕方ない苦役で、休日だけが待ちかねた自分の時間、楽しい一日だとしたら、この人は人生の七分の六を牢獄で暮らすわけで、なんと悲惨な人生よ、と言わざるをえない」

「反対に、毎日の仕事がおもしろくて楽しくてしかたない、日曜でも、ぐずぐず寝てなどはおられない、といって仕事をはじめるようならば、その人の人生は、なんと豊かな、しあわせなものよ、ということになろう」